うちの ねこ神様

ねこと暮らす日々のこと。

旅立ち。

残り2枚になってたカレンダー。

11月ももう終わろうとしている。

残りは1枚。

月日の経つのは、本当に早い。

年々そう感じる(笑)。




11月24日、息子と実家に行った。

息子は忙しくてなかなか私の両親、

息子の祖父母に会いに行けてなかった。

実家の近くの和菓子屋で、栗大福とプリンを買って行った。


認知の母は、息子が誰か分からなく、

名前を言うと「大きくなったね~」と何度も言った。

そして、何度も「この人はどなた?」と聞く。

私の事もわからなくなるから、「2人はどこで知り合ったの?」と聞く。

「私の子どもで、おばあちゃんの孫よ」というと、

「あの小さかった子が、こんなに大きくなったの~」と驚きの表情をする。

母が思い出す、小さい頃の息子は、息子ではない男の子の様で、

私達が知らない話をする。

何度も何度も、「どなた?」から、同じ会話をくりかえす。

息子は、何度も「そうやで。」っと頷きながら母と話す。

認知の父は私の事も、息子の事もまだ認識できる。

父が母に息子の名前を教えてくれる。何度も、何度も。



中学の頃、やんちゃをしていた息子を、両親も心配していた。

息子と向き合う私の事も、心配していた。

必死な私を。



その息子が、これからの自分のやろうとしてる事や、

今の日本の情勢、世界の情勢を、父と話してる。

父が感心していた。

「しっかりしたもんや。」と嬉しそうに笑う。



2時間ほどしか一緒にいれなかったけど、優しい時間だった。

帰り際に、父の自慢の庭で、写真を撮った。

両親と息子の3人の写真。

4人での自撮り写真も。

最近は手入れも思うようにできていないけれど、自慢の庭だ。

ヘルパーさんが洗濯して、母が干した沢山の洗濯物も写る。

いい思い出だ。



玄関先で、父と母は並んで手を振り見送ってくれた。

「元気でな。ありがとうね。」と何度も言って。



帰りの車。

運転しながら息子が、「おばあちゃんはもう、俺の事覚えてないな…。」って言った。

「お母さんの事も、分からないこと多いからね…。」って答えた。

息子は「おじいちゃんは、覚えてたな。」と笑った。

なんだか、寂しくて、でも、優しい時間だった。


両親に孫を会わせることが出来て、嬉しかった。

息子が、「おじいちゃんと、おばあちゃんに会いに行くわ」と言って

会いに行ってくれたことが嬉しかった。




息子は、東京に行く。

成功するかどうかわからない。

だけど、失敗する事なんて考えていない。

前だけ向いて進んでいく。

「若いんだから、何でもできるし、何とでもなる」と言って。


いつだってその姿は眩しくて、強く逞しく、感動さえ覚える。

私とは違う生き方。

私の子どもだけど、私のものではないと、思い知る。

息子が中学の時、分かったことだ。


あの時間があって、今があると、つくづく思う。

あの時、向き合って良かった。

どんなに傷ついても、逃げなくて良かった。



以前から、東京で勝負すると言ってた息子。

癌が見つかった私を心配し、東京行きを伸ばしてた。

私の事は心配しないでと言っても、今まで神戸にいてくれた。

その優しさが嬉しくて、同じぐらい申し訳なかかった。

重荷になりたくないと思った。

最近になって、私が癌になったと分かった時、息子が泣いていたと聞いた。

私の前では「癌、治したらいい。大丈夫や。」って言って泣いた事なかったのにね。

優しい子だ。


私が足かせになりたくない。

心からそう思った。



だけど、いざ旅立つと思うと、寂しい。

今までも頻繁に会ってたわけではないけど、近くだといつでも会えると思うから。

東京は、遠い。

息子は、「新幹線でも飛行機でもあるんやから、すぐ会える」って言う。

そうだけど、でもね…。

やっぱり、さみしい。



だけど…。

息子の旅立ちだ。

笑顔で見送る。

頑張れと、応援し続ける。

いつでも、どんな時でも。




11月25日、息子は東京へ向かった。

夢と希望を胸に抱き、ただ、前を見て。

不安もあるだろうけど、そんなそぶりは見せない。

かっこいい。


頑張れ。




youtu.be

この歌は、旅立つ息子そのもののようで、涙が溢れた。

息子は、私の誇りだ。

いままでも、そしてこれからも。





東京に遊びに行く楽しみが出来た。

東京案内してもらおう(´-`*)。



11月24日の朝焼け。いつでも、どんな時も美しい空。
東京の空の朝焼けも、きっと美しい。



では、また。