会っておきたい人。
昨日の朝、実家に行く用意をしていた時に、姉から電話があった。
母の妹の旦那さんが余命3~4ヶ月で、治療のために今入院してる病院から転院すると。
コロナの為転院後の病院では家族や親戚の面会は出来なくなる。
今の病院なら一回三人ずつなら面会が出来る。
今のうちに会いたい人には会っておくようにと病院から言われたと、旦那さんご自身が泣きながら電話をしてきたそうだ。
姉と私からすると叔父だ。
姉は、今から両親を迎えに行って、病院に行くつもりだと話す。
今、入院中の病院は、コロナ患者受け入れ病院だと言う。
叔父は数年前に癌の手術をしていたが、余命僅かだとうことに驚いた。
まだ、70代だと思う。
驚くと同時に
「面会が出来るのか?」「同居の家族でもないのに?」そんな思いがよぎる。
私の住む街の近隣の病院に親が入院している知人は面会は出来ず、荷物は病院スタッフにて受け渡ししていると聞く。
私の年代的に、両親が入院している知人が数人いるが、
皆同様の対応だと聞いていたから、正直驚いた。
余命僅かだからの医師の配慮なのかとも思う。
私の両親は2人とも80歳を超えている。
父は心臓疾患と糖尿病を患っている。
そして二人とも認知症だ。
母の妹なら、感染予防の対策をして、一目会いに行くべきだと、思っただろう。
でも・・・妹の旦那さんだ。
叔父は色々と問題のある人で、母の兄弟姉妹に随分と迷惑をかけてきたと聞いていた。
夫婦である父も、迷惑を被りそれでも、何度も手助けをしてきた様だ。
妻の兄弟姉妹に助けて貰って、それを当たり前のように繰り返してきた人。
格好ばかり気にして、自分勝手な印象が拭えない叔父。
だからと言って、命の限りを知り、会いたいという叔父に両親を会わせない理由は平時なら全くない。
ただ、今は、状況が違う。
今、面会に行って、もし、コロナに感染したら・・・。
そんな思いが拭えなかった。
重症化する要素が揃いすぎている。
姉にその思いを話す。
「そこまで、考えてなかった・・・」と電話の向こうで、しばらく無言になる。
私が冷たいのかもしれない。
でも、万が一の事があったら、私はこの時、面会に行ったことを、きっとずっと引きずる。
両親はデイサービスも週4回行くし、病院も毎月1~2回受診する。
ヘルパーも家に週5回も来る。
畑に歩いて行くこともあるし、時々は買い物も行く。
私も姉も毎週行く。
どこで感染してもおかしくない。
仕事をしている、私や姉がウイルスを持って行くかもしれない。
リスクはどこにでもある。
でも・・・
病院に面会に行くことは・・・即答できない。
姉は、父に話し、この度は面会に行くことを控えることにし、父からお見舞いを預かり病院に行ってくれた。
この、選択が、正しいのか間違いなのか、今も考える。
コロナさえなければ、もう会えなくなると分かってる人に会っておくべきだと思う。
会わなかったことを、両親がずっと気に病んだら、それは申し訳ない。
両親も姉も、自分達のした事の見返りなど考えない人だから。
私は、そんなに出来た人間じゃないから・・・。
冷たい人間だと、思い知る。
叔父の家族が面会に行ってる時と私か姉が実家に行く日を合わせて、ラインのビデオ通話で、お互いの顔を見て話すのはどうかと姉には話した。
叔父も、両親も顔を見られて話が出来たら、会えなくても少しは気持ちが伝わるかな・・・。
気休めだね・・・。
直接会うのとは違うよね・・・。
私が、救われたいんだ。
面会に行かせない選択をした事の心の痛みを少しでもやわらげたいんだと思う。
嫌になる・・・。
自分なら、きっと淋しいよね・・・。
でも・・・。
ごめんね。叔父さん。
私は、やっぱり、両親を病院に面会には行かせられない。
姉に、
「私は母の妹ならともかく、叔父の面会に行くことは反対。でも、両親とお姉ちゃんが行った方がいいと思うなら3人で決めて。」
と言った。
私が面会に行かない方がいいと言ったと伝えていいとも言った。
自分以外の人に判断を委ねようとした。
ずるいよね・・・。
そこまで言われたら、姉も面会に連れて行きにくいよね・・・。
感染しない保証はないんだから。
病院から帰ってきた姉と電話で話した。
「感染させても、感染してもいけないから、両親は連れてこなかった」と話したそうだ。
叔父と叔母には子どもが2人、孫が3人いる。
孫の成人式を楽しみにしているそうだ。
晴れ姿を見られることを祈ることくらいしか出来ない私。
もし、私の判断をひどいと思っていたら、
冷たい私を許さなくていいからね。
自分が決めたことは、自分が責任を持つしかないから。
今まで、様々な場面で、そうしてきたけど、命にかかわる場面での決断は、辛い。
答えは出せなくて、きっと後悔はずっと消えない。
だから、自分の出した答えを自分は信じて・・・。
だけど、間違ってるかもしれない・・・。
最後に会う機会を奪ってしまって、お父さん、お母さん、叔父さん、本当にごめんね。
この先、同じような場面が自分に訪れるかもしれない。
その時は、全てを受け入れる覚悟はしている。
どんなに、会いたくても、淋しくても・・・。
いつもと同じように、実家で洗濯をして、掃除をして、薬の仕分けをして、ごはんを作った。
両親は叔父の話を一度もしなかった。
忘れているのか、しなかったのかは分からない。
帰りのバス停までの空は夕焼けだった。
変わりなく繰り返される。
誰かが見ていても見ていなくても。
自然の営み・・・。
すごいことだとあらためて思う。
明日も頑張ろう。
では、また。