My Way 。
生きていると、思いもよらない事が起こることがある。
「まさか。」
「そんなことが。」
「どうして。」
けれど、きっと同じような日常が明日も続くと思う事の方がおかしいのかもしれない。
明日、大きな災害が起きて、巻き込まれるかもしれない。
交通事故に遭うかもしれない。
事件に巻き込まれるかもしれない。
1日1日が大切だと、分かってはいるのだけれど、
突然自分の人生が終わるかもと身近なこととしては想像できない。
先日、お世話になった方がご逝去された。
突然の事だった。
8年前に癌で手術をして、4年前に再発・転移が見つかったとは聞いていた。
いつか、その時が来るとは思っていたが、こんなに早いとは思ってなかった。
少なくとも、今では、なかった。
私の1歳上。
バリバリのキャリアウーマン。
格好いい女性だ。
以前書いたブログの、「久しぶりに会えた懐かしい人」。
お世話になってたのに、まめさを欠く私は、
年賀状でのご挨拶くらいしかしていなかった。
まめさなんて言葉は逃げだ。
礼を欠いていたと思う。
年賀状で、お礼も一緒に書いてしまうんだから、
失礼な話だ・・・。
それでも、会う時にはいつも笑顔で、不義理を責めるような事を言う人ではなかった。
意地の悪い私なら、面と向かっては言わなくても陰で愚痴を言ってしまいそうだけど、
なぜだかその人は、陰でもそんなことを言わないと思えた。
「思う」というより、「言わない」と断言できるほどだ。
12月22日にご逝去された。
癌の再発・転移だから、ある程度の覚悟はしていたとは思う。
だが、家族もあまりにも急な別れだったと聞いた。
11月に体調を崩して12月に入院して・・・あっという間だったと。
家族の意向で、通夜・葬儀はご遠慮下さいとの丁寧な連絡をもらった。
お香典だけでもと思ったが、それも皆さんお断りしているとのことだった。
故人と家族の意向を尊重したいと思った。
お別れしたいのは私の思い。
その人と、その家族が、思うお別れの形で、最期の時間を過ごすのが当然だ。
24日にお通夜、25日にお葬式が行われた。
今からが、きっと淋しさが増すのだろう・・・。
どんなに覚悟していても別れは辛い。
悲しい。
非情だ・・・。
穏やかなご夫婦だった。
仲の良いご夫妻だった。
8年前に癌と診断された時に、ご夫婦でその後の事をきっと話し合っただろう。
4年前に再発・転移が分かり、その後の闘病も一緒だった。
病と闘うという事は、並大抵のことではないだろう。
ご夫妻で共に戦ってきたんだ。
1日1日を大切にしてきたお2人だろう。
最後の3日間は、奥様はずっとご主人を抱きしめていたと聞いた。
涙があふれた。
残りの時間を惜しむように・・・。
もっと一緒にいたかったんだろう。
残される方も辛いけれど、
残していく方もきっと辛かったんだと思う・・・。
お気に入りのお店で、2度会えた。
ご夫婦お二人、一緒だった。
きっと奇跡のようなこと。
その時の笑顔が、涙があふれるほど懐かしかったことを、私は忘れない。
話ができて良かった。
お気に入りのお店に、感謝している。
そのお店がなかったら、きっと会えないまま訃報を知ることになっただろう。
連絡を取らなかった事に、後悔の思いがある。
だけど、
今は、そのお店で会えたことに感謝をしたい。
会えてよかった。
本当に良かった。
変わらぬ穏やかな語り口で話をしてくれてありがとう。
変わらぬ穏やかな笑顔を向けてくれてありがとう。
お二人が過ごしてきた時間を何も知らない私が思うのは、
何だか申し訳ない気がするが、
あのお店での、あの時間は、私の中の特別な時間になった。
ご夫妻の、結婚式のビデオを見せていただいたことがある。
もう20年ほど前。
ご夫妻でフランクシナトラの「My Way」を歌っていた。
確か、ご主人がピアノかギターで伴奏して、奥様が歌ってたかな・・・。
奥様がエレクトーンでご主人が歌ってたか・・・。
奥様がエレクトーンを引きながら歌ってたか・・・。
どうだったかな・・・。
うる憶えだが、歌っていたのは間違いない記憶。
昨日のミュージックフェアで「La Diva」が唄う「My Way」が流れてた。
歌詞が、そのまま、その方に当てはまり、涙がこぼれた。
最期の気持ちは、
こんなに早くに逝くことの、悔しさも悲しさもあっただろうけど、
残していく大切な人たちへの心残りもあっただろうけど、
この歌の歌詞に集約されているように思えた。
私が勝手に思っただけだけど・・・。
本当に素敵で、カッコイイ女性だった。
もう痛みも苦しみもなく、安らかであることをお祈りします。
この思いを書き残すかどうか正直迷った。
忘れたくない。
記憶が曖昧になる前に、留めておきたかった。
最期のお別れはできなかったけど、忘れたくない女性。
では、また。